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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)932号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(一)原告の申立

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、東京都江東区北砂町三丁目一八九番地所在、家屋番号同町一八九番、木造モルタル塗瓦葺二階建、居宅一棟、建坪一〇坪同二階五坪及びこれに附属する木造トタン葺平家建物置一棟建坪三坪を収去して、東京都江東区北砂町三丁目一八九番地ノ一、宅地一一〇坪七合の内西角宅地三六坪(別紙図面に於ける斜線の部分)を明渡し、昭和三二年一一月一日より明渡ずみまで一ケ月金六〇〇円の割による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

(二)被告の申立

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

(三)原告の主張

原告は請求の趣旨記載の土地を所有するところ、被告は、右土地上に、請求の趣旨記載の建物を所有することにより右土地を原告に対抗しうべきなんらの権原なくして占有している。そして、右土地の地代は一ケ月につき六〇〇円が相当である。

よつて原告は、被告に対し、右建物を収去して本件土地の明渡を求めるとともに、昭和三三年一一月一日より明渡ずみまで一ケ月六〇〇円の割合による地代相当額の損害金の支払を求めるわけである。

(四)被告の答弁及び抗弁

(イ)答弁

原告が本件土地を所有していること、被告が右土地を占有してその上に本件建物を所有していることは認めるが、その余は否認する。

(ロ)抗弁

被告は、訴外亡藤森勝治の事実上の妻であつて、勝治と共に本件土地において鮨屋を経営するため、本件土地賃借の際の権利金の一部及び建物建築の費用の一部を出捐負担し昭和二五年末頃、勝治と共同で原告より、本件土地を賃借し、その地上に本件建物を二分の一づつの持分で共有していたが、右訴外人が昭和三一年九月五日、死亡したので、昭和三三年五月三〇日、被告は勝治の相続人から建物の持分を買受け(但し登記簿上は勝治の単独名義になつていたのでこれを買受けたこととした)それと同時に本件宅地の勝治の借地権も被告が承継して単独権利者となつた。この事実は原告も当初より知悉していたのであるから、右借地権の持分の譲渡は原被告間の信頼関係を破壊するものではなく、原告の明渡請求は信義誠実の原則に反するものである。

(五)被告の抗弁に対する原告の答弁

(イ)被告の抗弁事実は否認する。

(ロ)原告は本件土地を訴外亡藤森勝治に賃貸したものである。被告が右訴外人から借地権の譲渡を受けたとしても、原告はこれを承諾しない旨昭和三三年一一月一〇日付で被告に通告してある。

(六)証拠(省略)

理由

本件土地が原告の所有であること、被告が右地上に本件建物を所有して右土地を占有していることは当事者間に争がない。

証人高須賀茂の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証と右証言、証人山口吉次郎同藤森とよの各証言及び被告本人尋問の結果によれば、訴外亡藤森勝治は妻子を故郷の千葉に置いて東京の鮨屋の職人として働いている内、昭和二五年末頃被告と結婚を約し、被告の貯金と鮨屋の顧客である高須賀茂からの借金を資本として、独立して鮨屋を経営することとなり、原告から権利金七二、〇〇〇円で本件土地を賃借し、住宅金融公庫の融資金で本件建物を建築し、被告と同居し協働して鮨屋を経営するに至つたこと、その後勝治は親族立会のもとに妻とよと協議の上事実上離別して子供四人を引取り、被告と事実上の夫婦として生活していたが、昭和三一年九月五日死亡したこと、被告はその後も鮨屋営業を続けながら、高須賀の借金を弁済し又住宅金融公庫融資金の返済を続けて来たこと、本件建物は夫である勝治名義で保存登記がされていたので、法律上の妻である藤森とよとその四人の子の相続財産となるので、被告は家庭裁判所に勝治の相続人等を相手として調停の申立をしたところ、調停委員の勤めにより、本件建物の価格を金五〇万円と見積りこれに附随する債権を差引いた現存価格二〇万円を被告と勝治の相続人等とで折半することとし、被告から金一〇万円を相続人等に支払つて本件建物の登記名義を被告に移転することに当事者間に合意が成立し、これが履行されたこと、そこで被告から原告に対し本件借地権の譲渡につき承諾を求めたが原告はこれを拒絶したことが認められる。

右事実によれば、被告と亡勝治の協力により本件建物が建築され、鮨屋営業が経営されたのであるが、事実上の夫婦であつた両者間においては夫である勝治が表に立つて原告から本件宅地を借地し、又その地上建物についても勝治名義に保存登記をしたものというべく、従つて、少くとも本件建物については勝治と被告の共有と見るべきであるが借地契約は勝治が原告との間に締結したものであるから、借地権については被告が勝治と共同借地権を有していたものとなすことはできない。とすれば被告と勝治の相続人等の間の合意により本件建物の二分の一の持分が相続人等から被告へ譲渡された際、右借地権は勝治の相続人等から被告に譲渡されたものというべきである。ところで本件のように事実上の夫婦として同棲していた夫が死亡してその妻が夫の相続人から借地権を譲受け、引続いて土地を使用する場合においては、法律上借地権の譲渡があつたにせよ、事実上は従来の借地関係の継続であり、右借地権の譲渡は土地賃貸人との間の信頼関係を破壊するものとはいえない。しかも原告の供述によれば原告は被告が本件建物に同棲して事実上の夫婦として生活していたことを了知していたのであるから、原告は右譲渡に承諾を与えないことを理由に本件借地契約を解除することは許されず、従つて又譲受人である被告は原告の承諾がなくても右借地権の譲受を原告に対抗し得るものというべく、従つて原告の明渡請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

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